はたちの日記

20歳の日記を掘り起こしてます

対義語がある限り、 その言葉の概念は比較のうえ

言葉や概念にこだわりすぎると世界のありのままの姿をつかめない。例えば「現在」と発した瞬間にそれは過去のものになり、代わりに未来がやってくる。「現在」「過去」「未来」という言葉を使うが、もしもそのように切り離せるなら、どれも実在しない。

同様に「自分」「他者」を切り離して理解しようとすれば、内容が乏しくなるだろうし、「覚り」「迷い」も同じこと。迷いの中に「覚り」がある。 言葉だけが先走りし、現実は置いてけぼり

言葉で固めるなこのせかいを。 ここは、もっともやもやぐずぐず煮立ってドロドロ。 常に、常に流動している。いや、サラサラ

欲深くなりたくないもんだ。もっと ダラダラと、曖昧に、テキトーに、ぼやっと、 ぼやけながら

世界中がsimple manになったら、 戦争も、科学も、哲学ももちろん、 終わる気がする。 イヤ、どうかな? 考えることでマイナスの方行ったんだもん。 何にも考えなかったら従うだけ。 やっぱりsimple man優勢だなあ。

やりたかったらやりゃーいーじゃん 一番邪魔してんのは世間じゃなく、おまえだよ

したいかしたくないか、そこははっきりすべき。 そこに感情は不必要。補語もいらない。 yesかnoで十分。あとはムダだよ。 やりたい、のかやりたくない、のか だから、もっとsimpleでいられる

とにかく人と知り合うのが今は楽しい だって、すっごーーーーーーーーーーいいるんだもん

この世界をつまらなくしてんのは、 礼儀だったり、常識だったりするのかも。 まあそれも、この世界を面白くするために作られたものじゃないから、当たり前なんだけど

自然に理由はないから、 きっと一番なんだろうな

どれだけ自分のimaginationが 現実を暗く照らしてるのかな? 起こったこと、ってのは、 実はすごいシンプルだったりする

マルクスの思想も、ニーチェも、ましてやソクラテスピタゴラスの思想さえもない世界は、一体どんなんだろ? イデオロギー言語学も辞書もグローバリゼーションも一切の言葉がない世界。つまり、もってない、人々

あるがままの自分を 恥ずかしがっても、自分なので、 わざわざ恥ずかしがるのは止めることにする。 自分がどう感じようと、自分は自分なので いいように感じよう。

勉強したい。 私のわからないことベラベラしゃべってる奴らの その中身を理解したい

毎日いろいろなことがあって、たくさんの人がいて、で、それを捉える自分がいる。 いいことや感動したことだけ覚えている人がいる。 ムカついたことだけ頭に残る人がいる。 感動も、ムカつきも、まあ一種の才能でっさな。それを見抜くってのは。

ギリシャにいるとホントにつくづく思う。人間ってat all機械になれないんだなって。 だってあれほど感情豊かで、次から次へとやりたいことがでてきて、一体どうしたら、無言でただただ動ける? どれだけの感情を、私たちは日々、押し殺して… https://t.co/3ZTOUBi3pi

私はその人を「地球に優しい人」と名付ける。 とんがってる所は一つもなく、妙に愛想がいい。というのも、淋しがり屋だから、話を聞いてくれる人を見つければ、アンリミットで話し出す。 たまに他人の方から話しかけると、笑顔で応える、優しい人。地球に優しい人。

あなたみたいな人こそ、平和賞だよ。 ノーベル平和賞、だよ。優しい人。 淋しがり屋だから、 優しい人

見知らぬビルの4Fでトイレ見つけて入ったらそこにofficeもってるババアにかなり逆切れされ、????と思って道歩いてたら、ギリシャ人風の青年に英語で話されて、ギリシャ人だと思ってギリシャ語で返したらキョトンとされて、その後超~目がエロいエロじじいに声かけられて

ちょうどcafeしようと思ってたとこだから、ココアおごってもらって、でも冷たい態度とってたら30分もしないうちに帰ってしまった。

予想外。 ロクに調べず、旧ユーゴなんだくらいに思って来たマケドニア。そして、5€安いじゃん、と思って決めた宿。なんだかんだ言ってもヨーロッパでしょ、と思ってたら、いやあ。久しぶりだ。この感じ。インド、なんだよ、思いっきり

おかげでギリシャの生ぬるい環境で、ダラダラ引いてた風邪も一気に治った。

宗教、気候が、国民性を形成していると思ってた。でも、それを継承、つないでいく要素として、食事、と街並みもあると思った。

治すんじゃない。 乗り越えればいい

重荷と捉えているその特性は、 それがあってこその自分なんだなと、 それなしに、自分は語れない

どこまでも静寂なオフリド湖がそこにはあって、風でなびく湖面が、一定のリズムで湖を取り囲む岩々にあたってる。まるで大粒の涙のように太陽を反射してる。

湖水が岩にのりあがる音と、虫が飛ぶ音、空には目いっぱいの青空が広がってる。 絶対に怒ることはないだろう、あなたは。 この湖に一生欲望が湧き出ませんように。 選挙も税金も年金もどうでもいいから、 こんな所でのんびりと豊かに暮らしていけたらなあ

どこに出るかな?と思ったら、街のど真ん中に着いた。 へえ、ここにつながってるんだあ。

私と似たような人がたくさんだ。 すれ違う時になんとなくチラチラ見て、通り過ぎた瞬間に後ろ姿をじろじろ・・・・。で、私も同じ習性なので、後ろ向くとすぐ向き直る

口数の少ないそのおじさんは、笑っても怒っても真顔でも眉毛はいつもへの字をしている。お店にはまずいケーキとアイスがあり、人気はない。 儲けは一向に近所へのコーヒーデリバリー。おじさんが配達に行くとき、なぜか客がやってくる。 不愛想な客が、不愛想なおじさんとのやりとりを繰り返す

残りの持ち金dinarがちょうどソフィア行きのバス代だったからブルガリア行き決定

額から滴り落ちる汗。突如襲ってきた究極の腹痛&脱力感。トイレの一室で便器に腰を下ろし、前かがみになり、ただ朦朧とした意識だけが流れている。ただ1つ分かっていることは、 ホテルまでは絶対に帰れない。

彼の名はワタル、いやノボル、いやタケルだ。 「比較する」ことを最小限しか知らず、人を嫌う、ことも最小限しか知らない。 優しすぎるから、笑いをとることもあれば、ただ馬鹿にされることもある。口数が少ないから、誤解もされやすい。

比べないから、人を分析することも、カテゴリー分けすることもない。ただ、あるだけ。

人間は怖い。 人を殺しもし、人を救いもするから。

「平和である」という国の評価は、 「平和でない」国が存在しないと成り立たない

金持ちである、という国の評価は、 金持ちでない、国がないと成り立たない

自分とは、時代、でもあり、環境でもある

貧困は見世物じゃない 話のネタじゃない 貧困は 現実だ

例えば貧しい人々にロンドンっ子の日常を見せる。無意味に思える。 ロンドンっ子に貧しい人々の現状を伝える。 私たちは一方的に助けを与える方なんですか。 助けられる=金ですか。 ただの西洋的な傲慢にすぎない

貧しいから募金されなくちゃいけない お金あるから助けなくちゃいけない ダアアアーー

戦後の世界を表現すると、 不利なルールで一向に勝てない大貧民と圧倒的有利な大富豪。 これをひっくり返すには文字通り 革命がひつようだ

ナチスもあの時代の人々を支えてた あの頃の未来がいくら批判しようとも、 心の支えになっていた。

ニートが移動をして、旅人となりました。 旅先のレストランで気に入られ、そこで働くことになり、彼はウェイターになりました。 よくレストランに食事に来る女性がいました。回数を重ねるうちにウェイターと仲良くなり、後に親しくなり、3年後、彼らは結婚しました。 ウェイターは夫になりました。

夫はもっとお給料のいい仕事を見つけ、営業マンになりました。 社交性があり、口が達者な彼は見る見る業績を伸ばし、5年後には成績が1位になりました。その頃、彼の妻は子供を授かり、10か月後かわいい女の子が生まれました。営業マンは、パパになりました。

パパは仕事を頑張り、めでたく昇進し部長になりました。部長の職に就いても、アイデアをどんどん出し、会社は急成長。10年後、部長は社長になりました。 そしていつの日か、社長は退職し、おじいちゃんになり、楽しい老後を過ごし、この世を去っていきました。 彼はいつ、彼になったんだろう?

造られた世界があって、それが唯一の現実です。 みんなは現実主義者になり、お金を稼ぐことにしました。 お金の魔法に魅せられた残りの人たちも、次第にお金を稼ぐことにしました。

そのうちに、この世界からは、dreamerがいなくなりました。みんながかかった魔法を解くdreamは泡となって、ふわふわとした空に吸い込まれて行きました。

幻想の意識で、生きられる。 自分に自信を持つことも、なくすことも、 周りの人々が、時代が決めるんじゃない。 あなたが決めるんです。 あなたがすごいのか、凡人か、幻想でしかない 夢をあなたは何色に染める?

あなたと私の違いはなんでしょう? まず私はフランス人であなたは日本人でしょう。 それから私は25歳であなたは19歳。 私の瞳は青くて、体形は比較的スリム。あなたは黒目でちょっとぽっちゃりかな? 私は会計士であなたは大学生。 私は外交的で口がうまい。あなたはシャイで礼儀正しい。

他にも身長、体重、しゃべり方、好きな音楽、色々違うわね。 いや、私はあなたとの違いを尋ねているのです。

we are nothing so we can be everything

20200624

自分を立ち直らせるのは自分への疑惑だ

音楽の好みは差別にならないけど、 人種の好き嫌いは差別になる。

思い出すのは世界を感じた瞬間 世界に雄たけびをあげた瞬間 身体中で世界を感じた瞬間 そういう時はだいたい1人

海外で違うことは? 周りの目 自分は異国人であるということ

社会の成功者よりも、言い訳がましくても超弱くても逃げてても、全然違う人生歩んでる人に惹かれる。きっとそういう人たちって考えてるから。感じてるから。時代に左右される社会に囚われてないから。永遠だから

どこに行っても人間ている けっこーいる

いいことってなんだ? わるいことってなんだ? 存在自体がすでに超越的幸福じゃないの? それが真実だって、真理だって思うけど、 そういうことを感じれば感じるほど、 社会とはうまくいかない

思い出したりする中国とかのスケールは、 この脳よりずっとでっかい。 でかいけど、すべてはこの脳内で行われている。 じゃあ、あの風景もあの温かさも、この脳の中にある

絶対なことはないから、 絶対ってことはないんだ。 じゃあなんで、絶対って言葉があるんだろう?

死の偶然性を嘆く前に 生の偶然性を見つめろ

自分がいない過去と自分がいる過去 自分がいる未来と自分がいない未来 自分が絶対にいる今。

簡単にお金が稼げて絶対に食い途絶えない社会が与える人間への影響は?

勉強用教材がそろっている日本では、その状態が、まさか、超幸せなことだとは、思わないだろ。 集中できないって言って、本の前で駄々こねる

この脳の中にしかない過去って、 なんなんだろう? きっと、なんでもない

学生のころ、確信もって絶対だって自信あって、 それって、どこいっちゃんたんだろ?

爆発するのも反抗するのも なんでも型にはまっている気がする

写真に惹かれるのは、 まず必ず明で撮られ、暗で浮かび上がる背反性。 そして今日もうひとつ増えた。 完全な過去でありながら、作者の思いは常に未来なこと #写真

20世紀に100億の人が生きて死んでったんだって

怒る前に泣いちゃうひと

絶対なことあった。まず死ぬこと。 死んだら、しかも灰になったら、もうその人は、 絶対に二度と存在しないということ。 だから私はすべての人をリスペクトする。 インドの物乞いも、大統領も、 みんな一緒だから

傷つけられた、より なんなら 傷つけてくれた。のほうが よくない?

情報は知識と違って断片的で、 前後の脈絡は弱く、 無秩序に人々を襲い、 不安にさせます

ネットと本の違い。 本は手に取った時点で一冊分を認識して量がわかる。 ネットは情報が無限。リンクによって。 自分でどこまで、どのくらい、っていう 認識が不可能

魂の特性は肉体と同じ変化ではなく、 積み重ね

生活は、重荷だ

恥ずかしがり屋にいい奴はいない。 including me

心の声を聴け 頭は使うな 頭は賢いから 心で行動しろ 正直に 心は不平を言わない ただ、感じるだけ セオリーは心をコントロールできない

何がどうであろうと、

どう捉えるかだ。

 

悲しみにも出口はある。

楽しみにも出口はある。

 

美には傷以外の起源はないージャンジュネ

EDWARD E. JULY, 20, '69

僕には三つの野望がある。

世界を見たい。

作家として成功したい。

それから、恋をしたい。

 

自由がなければ、

日常のなにごとも鑑賞する気にはなれない。

 

物質を崇高し、精神を無視するような者たちの手に、

私たちの運命が委ねられていると思うと、心配になる。

方法は結果を汚す。

私たちは、それが技術的に可能だからするのであって、

そうされるのが望ましいからではない。

ローマ時代の詩人セネカ

どれだけ同じ事をやってきたか考えてみるがいい。

人が死にたいと思うのは、勇気があるからとか、

みじめだからということではなく、むしろ、

生きるのに飽きたからなのである

子供のころ、ドラえもんは、いつまでも面白いと思ってた。

大人になっても、絶対見たいと思うと思ってた。

トランプで遊ぶ時は、いつも楽しかった。

ワクワクした。

こんな面白いことはないってくらい、ずーっとやっていたかった。

最近かな?全然面白くなくなってきた。

子供の頃、ドラえもんに興味を示さない大人は、まったく理解できなかったけど、

今は、自分が、その人間になってる。

マザーテレサ

Mother Teresa

健康な人やお金持ちは、

どんな嘘でも言えます。

飢えた人、貧しい人は、

握り合った手、見つめ合う視線に、

ほんとうに言いたい事を込めるのです。

 

傷つくまで愛しましょう。

それは、どれほど多く与えるかではなく、

どれほど多くの愛を注いで与えたかによるのです。

そして、私たちがお互いにどれほど近くなるかによるのです。

 

私は、不親切で冷淡でありながら奇跡を行うよりは、

むしろ親切と慈しみのうちに、

間違うほうを選びたいと思います。

すごい文章が机の上に2つありました。

1つは、太陽に照らされて、よく見えて、人間も読めて、有名に。

もう1つは、ちょうど木に隠れて、誰にも気づかれませんでした。

この太陽がマスメディアです。

 

いいものがいいと評価されない社会。

正しいものが正しいと認識されない社会。

宣伝をしないと、何もヒットは生まれない。

そんな微妙なところなんです。すべては。